何とか調子を持ち直せた
自分を許せるくらいの水準まで、何とか。
このままいけたら良いなとは思う。
ところで、『虚栄の市』という作品は、名前が同じ人が何人も出てくる。父親と息子の名前が同じというのが何人も。おかげで、最初に読むときも、朗読用原稿を作る時も難儀した。
けど、それが気にならないくらい、最後の爽快感が素晴らしい作品なので、皆様、ぜひついてきてくだされば幸いです。
今日はとても調子が悪かった
何とは言わないが。
かなり調子が悪くて落ち込んだ。水物とはいえ、もう少し何とかしたかったと思う。
頑張って切り替えていきたい。
読解力と言われても……
ChatGPTに読解力について訊ねたら、以下のような答えが返ってきた。
読解力とは、文章や言葉の意味を正確に理解し、そこから必要な情報や意図を読み取る能力を指します。以下のような要素が含まれます:
1. 基本的な理解力
文章に書かれている内容をそのまま理解する能力です。たとえば、主語や述語、接続詞などの役割を正しく把握し、文章の表面的な意味を読み取る力。
2. 推論力
文章に明示されていない部分を補って理解する能力です。たとえば、文脈や背景知識から筆者の意図や内容の裏にある意味を推測する力。
3. 批判的思考力
読んだ内容について評価し、自分の意見を形成する能力です。たとえば、書かれていることが論理的に正しいか、信頼できるかを判断する力。
4. 構造理解力
文章の構成や論理的なつながりを理解する能力です。たとえば、論説文では主張、根拠、結論を整理して把握する力。
5. 語彙力と背景知識
言葉の意味を知っているだけでなく、その言葉が使われる文脈や背景知識を理解する力。特定のテーマに関連する知識が多いほど、内容を深く理解しやすくなります。
例として:
「水は低きに流れる」という文を読んだ場合、
基本的な理解力で「水が高いところから低いところへ流れる」という意味を取る。
推論力で「自然界の法則や人間の行動を象徴する比喩かもしれない」と考える。
批判的思考力で「本当にすべての水がこの法則に従うのか?」と疑問を持つ。
読解力は、ただ文字を追うだけではなく、文章を深く理解し、応用する力を育むことで向上します。
とまあ、最近エラく賢くなっている回答ですが、短い文章と長めの文章では異なるそうである。
短い文章と長めの文章では求められる読解力の種類や重点が異なります。それぞれに特徴があり、異なるスキルが必要とされます。
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短い文章の読解力
短い文章では、限られた情報を効率的に理解する能力が重要です。
必要な読解スキル
1. 情報の凝縮理解
少ない言葉で多くの意味が込められるため、一語一句を丁寧に解釈する力が求められます。
例: 格言やキャッチフレーズ。
2. 文脈依存の読解
前後の文脈や背景知識を使って、曖昧な部分を補完する力が必要です。
3. 暗示や含意の理解
明示されていない意図やメッセージを読み取る能力。
例
「急がば回れ」
→ 表面的な意味以上に、効率的な結果を得るには慎重さが必要という含意を理解する力が求められます。
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長めの文章の読解力
長い文章では、全体を俯瞰し、構造を理解する能力が重視されます。
必要な読解スキル
1. 全体構造の把握
序論、本論、結論の関係や、段落ごとの役割を理解する力。
長い議論を整理しながら読む必要があります。
2. 情報の整理と要約
詳細な情報や事例を取捨選択し、主要なポイントを抽出する力。
3. 論理的なつながりの理解
文と文、段落と段落の間の論理関係を把握し、筆者の主張を追う能力。
4. 集中力と持続力
長い文章を読み通すための集中力と、途中で内容を見失わない持続力。
例
長編小説や学術論文
→ 登場人物の相関や議論の流れを整理しながら、全体を理解する力が求められます。
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違いのまとめ
短い文章は、言葉の密度が高いため、精読が求められる。
長い文章は、全体を見渡す俯瞰的な読解が求められる。
どちらの場合も読解力の基礎が必要ですが、長い文章では特に情報の整理や論理的な構造の把握が重要になります。一方で、短い文章では背景知識や行間を読む力が試されることが多いです。
それでまあ、長めの文章の読解の方をこちらは好んでいる訳であるが、メモを取らないと難しい、というか、ポロポロ忘れていくのが通常である。
ついで、人間は読み飛ばすし、読み落とすし、読み間違えるというのも考慮に入れないといけない。
こういう人間の自然な性質を考慮に入れて文章を綴るとなると、どうしても文章が多く、ページ数が膨らんでいくものなのである。こういったことを考慮してくださる作家は、歴代でもそんなにいないから、私は古典文学に今は甘えているのである。
国際成人力調査で日本が良い数字を取った記念に
国際成人力調査なるもので、日本が全3分野で1~2位を取った記念に交わしたChatGPTとの対話の内容を以下にコピペする。
私:もっと単純に、日本国内限定で構わないから、学校で習ったものを成人になっても覚えているかどうか、確かめて欲しいですね。私なんか、大学入試共通試験の数学の問題をやってみたら、受験生時代は7~8割は当たり前だったのに、あれから10年も経っていないのに今や1~2割しか取れないんですよ。問題がそれほど大きく変わったわけでもないのに。具体的には、微分積分、数列やベクトルの基礎問題が1問も解けなくなっているまで落ち込んでいます。
ChatGPT:それは興味深い提案ですね。「成人力調査」が抽象的な能力測定を重視する一方で、学校教育で学んだ具体的な知識がどれだけ維持されているかを確認するのも有意義だと思います。特に数学のような学問は、一度学んでも長期間使わないと知識やスキルが失われやすいので、そうした調査があれば多くの人が興味を持ちそうです。
学校で学んだ知識の維持を測るメリット
1. 教育効果の持続性を検証
成人になった後も学校で学んだ内容がどれだけ役立ち、どれだけ記憶に残るのかを把握することで、教育の質や指導方法を見直す材料になります。
2. 「忘れる理由」の分析
例えば、あなたが挙げたように「微分積分」「数列」「ベクトル」などが忘れられやすいのは、それらが日常生活や仕事であまり使われないからかもしれません。その一方で、頻繁に使う知識(基礎的な算数や読み書き)は保持されやすい傾向があるでしょう。こうした傾向をデータで示せれば、カリキュラム改革の参考になるはずです。
3. 「リカレント教育」の重要性をアピール
もし調査結果で多くの人が学んだ知識を忘れていることが明らかになれば、社会人教育やリスキリング(新たな技能の再習得)の必要性を強調する材料になります。
「知識調査」の具体的な実施例
範囲の設定
中学校や高校の主要科目(数学、英語、理科、社会)に焦点を当て、基礎的な問題と応用問題を混ぜたテストを作成する。
年代別の比較
20代、30代、40代など、年齢層ごとに知識がどのように減少していくのかを追跡する。
分野ごとの保持率を測定
日常生活や仕事で頻繁に使う知識(例:確率や統計)は保持されやすく、高度な専門分野(例:ベクトルや微積分)は忘れやすいと予測されます。この違いを明らかにすることで、教育内容の優先順位を見直すきっかけになります。
あなたの場合
大学入試共通テストで得意だった数学の分野が解けなくなっているのは、日常でそのスキルを使わなかったことが主な原因かもしれません。数学のような知識は、問題を解く「手順」や「方法」を繰り返し練習することで維持される性質があるため、使わなくなると忘れるのも自然なことです。
もし再挑戦したい場合は、基礎から少しずつ復習するのが有効です。例えば、共通テストの模擬問題集や動画解説などを利用すれば、感覚を取り戻せるかもしれません。最初は「これってどうやるんだっけ?」と思うかもしれませんが、やっているうちに昔の記憶が蘇ることも多いですよ。
忘れたことを悔しがるより、改めて取り組むことで「昔より深く理解できた」と感じられる瞬間を楽しんでみるのも良いかもしれませんね!
私:もし、日常生活でほとんどの人が使っていない、忘れやすいと数字で以て示された分野は、どうするべきなのでしょうか?
ChatGPT:とても重要な視点ですね。もし調査で「日常生活でほとんどの人が使っておらず、忘れやすい」と示された分野が特定された場合、その分野の扱いについては、以下のような選択肢が考えられます。
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1. 教育カリキュラムの再検討
重要性に応じた時間配分の見直し
もし特定の分野が日常生活や仕事であまり使われず、学んだ後もほとんどの人が忘れている場合、その分野の扱いを減らすことが合理的かもしれません。その代わりに、より実用的な内容(例:統計やデータリテラシー、プログラミングなど)に時間を割くことで、教育全体の効率を上げることができます。
例:数学の場合
微分積分やベクトルなど、高度な数学を完全に教えないのではなく、基礎的な概念を短期間で効率よく教え、必要な人が後に専門的に学べる仕組みにする。
選択制の導入
すべての学生が同じ内容を学ぶのではなく、興味や将来の目標に応じて、選択科目として学べるようにするのも一案です。
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2. 忘れやすい知識を「活用型学習」で定着させる
知識の「日常生活」への接続
忘れやすい分野でも、その内容が「実用性」を感じられる形で教えられれば、記憶の定着率が高まります。たとえば微分積分や数列も、ゲーム開発や機械学習の仕組み、投資シミュレーションなど、現実の応用例を交えて教えることで、「これを覚えていると役立つ」と感じさせることができます。
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学校教育の範囲を見直し、成人後の再教育を充実させる
忘れやすい分野でも、一部の人にとっては必要な場合があります。そのため、学校教育で「基礎」だけ教えた後、大人になってから専門的に学べる場を整えることが重要です。
具体例
微分積分やベクトルは、工学やデータサイエンスで必要になるため、大学や社会人教育で再学習する機会を充実させる。
一般の社会人には関係が薄い場合は、基礎的な計算や統計リテラシーに重点を移す。
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4. 忘れることを前提に「再学習の仕組み」を導入
人は忘れる生き物なので、初等教育で学んだ内容を完全に維持させることを期待するのは非現実的です。そのため、以下のような再学習の仕組みを取り入れるのが効果的です。
成人期に再学習の機会を提供
学校を卒業しても、簡単なコースやアプリで復習できる仕組みを整備する。たとえば、ベクトルや微分積分の基礎を復習できるオンライン講座やゲーム形式のアプリを普及させる。
学校教育のゴールを「全員が完璧に覚えること」ではなく「再学びやすい素地を作ること」に設定
具体的には、「数学的思考力」や「論理的な発想」を重視し、細かい公式や解法の暗記をあまり求めない教育にする。
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5. あえて維持し続ける理由を再確認する
忘れやすい分野であっても、教育内容として残すべき理由がある場合は、それを社会的に議論する必要があります。
例:文化的・学問的意義
「微分積分は科学技術の基礎であり、日本の国際競争力を支える重要な知識である」など、個人の実生活とは別の観点で必要性が認められる場合は、忘れても再学習しやすい環境を整えながら教育を続けるべきかもしれません。
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あなたのケースで考えると
忘れた知識を振り返って「なぜこれを学んだのか?」と考えるのも面白い視点です。微分積分や数列の問題が解けなくなったことを残念に感じているのは、かつて学んだことの価値を実感しているからかもしれません。
学び直しの環境があれば、過去に培ったスキルをもう一度伸ばす機会としても楽しめるでしょう。学校教育が「一度学べばそれで終わり」という固定観念を破り、「忘れたらまた学べばいい」という生涯学習型の視点に移行していくことが望ましいのではないでしょうか。
『虚栄の市』を特AにするかAにするかは、相当悩んだ
『虚栄の市』が世界最高峰の作品というのは、主観的には間違いない(現代の日本人の大衆の心を突くかまでは予想できないが)。
充実した文章量、物語のテーマの普遍性、見事な登場人物の描写、対比的な物語の全体構成など、絶賛されるべき点は数多い。
ただ、ほとんど無いし、私の朗読原稿では消しているが、不必要な差別的な描写が目に余った。この部分さえなければ、と思わずにはいられなかったことが残念であった。
あと、イギリスの植民地時代のインドが無批判のまま出てくるため、この点で反感を買う恐れも憂いた。
それから、もう少し、とある登場人物について、きちんと描いて欲しかった点もある。
しかしながら、先に挙げた見事な表現力は揺るぎないもので、この作品を単にAと評価するのは、ためらわれた。主観的にはイギリス史上最高傑作と評価したこともあり、熟考に熟考を重ねた末、やはり「特A」に値するだけのものであろうと判断した。
最終的な決め手は、物語全体を貫通するテーマである。虚栄の市を生き抜くために求められるのは、こういうことなんだと知ることは、多くの人間にとって大変望ましいと考えたのである。
それが何なのかは、秘密。もう既にテーマ先行要約は上げたので、そちらを参照してくだされば、すぐにわかる。もちろん個人的には、1700ページ超の本を読破するか、私の朗読を全て聞き遂げるか、いずれかをお勧めするが。